サマリー
8050を超えて、亡くなる親も増えている
私は1992年から、ひきこもりの子どもがいる家庭に向けて、生活設計のアドバイスをおこなっています。最近では「8050問題」という言葉を聞くだけで、中高齢になったひきこもりの子どもの生活を、高齢の親が支えている問題だと認識できる方が増えています。
親亡き後に備えて、親側にはどのような準備が必要なのかを伝えたり、お子さんが1人になったときにはどのように暮らしていけばいいのかなどを提案する活動は、すでに30年を超えました。時間の経過とともに相談者は増え続け、相談にいらっしゃる親も子どもも高齢化しています。相談者の最高齢は子ども側が70代。親側では100歳を超え、亡くなられたり、重い介護状態になるケースも増えています。
私がこの活動を始めた当初は、「親が死んだ後の話をするなんて、不謹慎だ」と、親側から怒られたものですが、「8050問題」が認識されるにつれ、親亡き後の生活設計に関心を持ってくださる方が増えています。そこで今回は、社会人になっても働けない子どもがいる家庭に向けての生活設計アドバイスを取り上げます。
ひきこもり問題を「貧困問題」と同一視してはいけない
世の中の見方としては、ひきこもりの子どもがいる家庭の問題は、「貧困問題である」と認識される機会が多いと感じます。ですが、私のところに相談にいらっしゃる家庭の6割以上は、親の資産が1億円を超えています。しかも、そのうちの2割くらいは、2億円を超える資産をお持ちです。
さすがに、資産が2億円を超える家庭は相続財産を含みますが、1億円を超える家庭の多くは、働けない子どものために夫婦共働きをして、外食もせず、旅行にも行かず、ひたすら貯め続けた結果、1億円を超える資産を築いています。お金を払って相談に来るわけですから、世の中の平均値より資産は多いと思うものの、ひきこもり問題を貧困問題だとひとくくりにしてはならないと強く感じています。
いっぽうで、親側がすでに困窮しているご家庭も少なくありません。私はある場所で、無料相談を受けていますが、そこを訪れる相談者の多くは、すでに貧困状態に陥っています。親亡き後どころか、すでに親子とも生活に窮しているのです。そのため、資産のある家庭と困窮状態にある家庭に対するアドバイスは、視点を変えておこなっています。
親側に資産があっても、「在宅ホームレス」になるケースがある
「親の資産が1億円以上あるなら、親が亡くなってもその資産を取り崩して食べていけばいいじゃないか」と言われる機会もありますが、それが上手くいくとも限りません。親側に資産がある家庭は、自治体や支援団体などと繋がりたがりません。自治体や近所の人に、働いていない子どもがいることを知られたくないからです。お金があるゆえに、怪しい支援団体のターゲットにされてしまっているケースもあります。
お金がそれなりに遺されても、それだけで問題が解決するわけではありません。お子さんに社会性がまったくないために、親亡き後は電気代やガス代、水道代の支払いができず、ライフラインのない「在宅ホームレス」の状態に陥っている子どもも出ています。親の資産が多くても、親亡き後の生活が成り立つための準備は必要になるわけです。
働かなくても、食べていけるか無理かを検討する
ここからはサバイバルプランについて紹介していきます。私が提案しているサバイバルプランは、親亡き後も親が遺してくれたお金や、障害年金などを活用して、働かないままでも生きていくことが可能か、否かを探るプランです。といっても、働かないことを推奨しているわけではありません。まずは、働かない状態でも生活が成り立つのか、無理なのかを検討したうえで、それぞれの生活状況に応じて、アドバイスをしていきます。
ちなみに、若いうちから障害年金を受給しており、親が存命のあいだは障害年金の多くを貯蓄に回している家庭では、働かなくても親亡き後の生活は成り立つケースが多くなっています。
働かなくても、何とか生活が成り立ちそうな場合は、食材の調達方法やご飯の炊き方のような「生活に必要な力」を身に着けてもらうように促しています。国民健康保険料や固定資産税の支払い方法のような、生活に必要なお金についても、子どもに仕組みを理解させるために、役所に同行してもらうようにはたらきかけます。また兄弟姉妹が居なかったり、居ても仲が悪い場合は、身元保証会社を活用して、入院時などの保証人を確保する方法があることも説明します。
生活保護についての誤解は多い
親が持つ金融資産だけで親亡き後の子どもの生活設計が成り立たない場合は、自宅を売却して資金を捻出できないかを検討したり、時には生活保護について説明することもあります。ひきこもりの当事者から「親が『働け』とうるさいから、生活保護を受けて働かないまま暮らしていきたい」と言われることがありますが、働けない身体状態であることを証明しない限り、その願いは叶わないことも説明します。金銭面の状況から生活保護の受給は可能になっても、生活保護の受給がスタートすると、ハローワークなどでの求職活動が必要になります。求職活動をしないまま放置していると、生活保護が停止になる可能性があることも伝えています。
いっぽうで、自宅があるから生活保護は受けられないと思い込んでいる方も少なくありません。ですが、居住地の自治体が定める基準額以下の評価であれば、自宅を保有したまま、生活保護が受けられます。家賃に当たる、住宅扶助がもらえないという仕組みです。
保有したまま生活保護が受けられる自宅の基準額は、居住地によって異なります。そして、生活保護がスタートすると、固定資産税は免除になります。マンションの場合も固定資産税は免除されますが、管理費や修繕積立金の負担は必要です。築年数が古いと、修繕積立金額が高額になっている物件も多く、生活保護費で暮らすのはきついので、自宅の売却を勧めるケースもあります。
ひきこもりの子どもを持つ家庭では、「いつかは働いてくれるはず」という希望にすがる親が少なくありませんが、夢物語にすがるのではなく、現実を数字で捉えること、つまりサバイバルプランを立てることは欠かせません。サバイバルプランを立ててみた結果、稼ぐべき金額が「ひと月2~3万円で大丈夫」などとハードルが下がると、アルバイトができるようになる子どももいます。お金の面での現実に向き合い、必要な対策を講じていくことこそが、親亡き後を迎えた子どもがひとりでの生活を継続できるポイントになります。
サバイバルプランでの検討事項の例
- 金融資産をすべて洗い出して、総額を計算する。できれば自宅の売却価値も調べて、資産の合計額を把握する。
- 家計の年間収支を計算して、年間の赤字額をできるだけ正確につかむ。
- 親が持つ資産で親亡き後の生活が成り立ちそうなら、食事の作り方や食材の調達方法などの生活の仕方を教える。
- 国民健康保険料や固定資産税などの仕組みや支払い方法を教える。国民年金保険料を免除してもらっている場合は、その手続き方法も教える。
- 現在住んでいる家からどうしても転居したくない場合は、親子で営んでいる地元の工務店を探し、親亡き後の修理についても対応してもらえるように頼んでおく。
- 兄弟姉妹がいる場合は、相続のさせ方を検討する。検討した結果、不公平な相続が発生する可能性があれば、兄弟姉妹にそのことを説明して詫びておく。
- 兄弟姉妹が居なかったり、居ても仲が悪くて親亡き後の手続きなどを頼めない場合は、身元保証会社について調べる。
- 親が持つ資産だけで親亡き後を暮らしていけなければ、自宅の売却で資産を作れないかを検討する。
- 資産も少なく、生活設計が成り立たない場合は、生活保護の仕組みを説明し、調べてもらう。生活保護を申請するタイミングや申請時の同行者も検討する。
- 自治体とは繋がっていたほうが、いざという時には頼りになることを伝える。居住地で活動している親の会などに参加することもすすめている。