私が初めて「アルツハイマー村」の名前を耳にしたのは、2020年のことでした。フランスに住む知人のブログに、ランド県に「認知症患者の方だけが住む村が開設された」という内容が書かれていたのがきっかけです。

認知症患者のための施設ではなく、「認知症患者だけが暮らす村」という話に興味を持った私は、すぐに知人に連絡を取り、見学の申し込みをして欲しい旨を伝えました。ただし、見学の申し込みをしたのはコロナ禍。見学が許可されるのを待ち、2022年6月にようやく許可を得て渡仏したのが、アルツハイマー村を見学するまでの経緯になります。

戸建てはフランス南西部特有の瓦屋根が印象的

戸建てはフランス南西部特有の瓦屋根が印象的

(写真提供:著者)

認知症を患っても、それまでの暮らしをできるだけ継続して生きる

アルツハイマー村は、パリから高速鉄道で3時間半くらい移動した、スペインにほど近いDAXという街にあります。DAXは、温泉保養地として人気の高い場所とのこと。アルツハイマー村は、駅から車で20分ほどの距離にあり、約5万㎡という広大な敷地に建設されていました。ちなみにアルツハイマー村は通称で、正式名称は「Le Village Landais Alzheime」と言います。

アルツハイマー村に入居できるのは、認知症患者であることに加え、積極的な治療はあきらめていたり、余命宣告を受けているなど、重度の状態である方。自宅に戻る選択肢はない方が、人生の最期を心穏やかに過ごすための場所として開村されたのがアルツハイマー村です。

入居者が暮らすのはすべて戸建ての建物で、敷地内に16戸の家が建っています。各戸では、7~8人ずつの認知症患者の方が共同生活を送っています。部屋は個室で、リビングとダイニングが共有スペースになっています。敷地内は、自然の傾斜を活かして造成されているため、道には軽い勾配が残されています。

村の中には16棟の戸建てが建つ

村の中には16棟の戸建てが建つ

(写真提供:著者)

敷地内には池があったり、家畜が草を食んでいるなど、のどかな田園風景が拡がっていました。村全体は木製の壁でおおわれており、入居者は勝手に外には出られませんが、スペースが広いので、「村の中に閉じ込められている」とは感じられませんでした。

村の中には家畜も同居している

村の中には家畜も同居している

(写真提供:著者)

オランダの認知症村「ホグウエイ」を参考に設立された

アルツハイマー村は、オランダにある認知症村「ホグウエイ」という高齢者施設を参考に作られています。私はアルツハイマー村に行く前にホグウエイにも足を運び、通常の施設とは全く異なる認知症患者の暮らしを見学してきました。残念ながらホグウエイのほうは、撮影を許可してもらえなかったために写真でご紹介することはできないのですが、アルツハイマー村と同じように、塀に囲まれた中に戸建て住居が点在していました。

ホグウエイを見学中、入居者とたくさんすれ違いましたが、全員が重度の認知症患者だとは思えないほど、私が知る日常と同じような暮らしが営まれていました。日常と異なるのは、住人のすべてが高齢者であるという点だけでした。

ホグウエイの敷地内にはレストランやカフェ、バー、ミニスーパー、映画館なども営業しており、入居前の暮らしを彷彿させるような光景が見受けられました。

ホグウエイでは、「オランダの伝統的な暮らし」「都会的な暮らし」「芸術が身近にある暮らし」「フォーマルな暮らし」の4つのスタイルに建物を分け、入居前の生活や志向に合った建物を選んで暮らします。スタッフは、入居者のやりたいことをサポートするだけで、基本的には手助けをせず、見守る介護に徹しています。たとえば、スタッフが手伝えば5分程度で済むはずの着替えも、30分、時には1時間近く横に座って、着替えが終わるのをひたすら待つそうです。洗濯物を畳んでくれる入居者がいれば、畳み終わるまでじっと待ち続けます。

施設の責任者に話をうかがった中で印象的だったのは、次のような話。「ここで暮らす方々は、平均して亡くなる4日前まで普通の暮らしを維持できています。ご本人の尊厳を守りつつ、自由なペースで暮らせることが、終末期であっても普通の暮らしを維持できるポイントだと考えています」。高齢者の方がよく口にする「ピンピンコロリで死にたい」を、まさに実践できている場所でもありました。

見守るだけの介護が穏やかな暮らしを実現している

アルツハイマー村に話を戻しますと、アルツハイマー村はホグウエイの精神を受け継いで開設されました。認知症を患う前の暮らしを継続できるように、できる限り見守る介護をポリシーとしているのは、ホグウエイと同じです。

「認知症の方は、何かのきっかけで激高してしまうこともあるかと思うのですが、ご本人が自由に暮らせれば、入居者どうしのトラブルは起こりにくいんですか?」と尋ねたところ、「認知症の方は我慢を強いられたりすると、気分を害することもありますが、ここでは我慢を強いることはほとんどありません。ときどき、入居者どうしで口喧嘩をすることもありますが、ご飯を食べる場所を離すなどの配慮をするくらいで、自然に元の関係性に戻っていますね」。自由に暮らせると穏やかでいられるため、落ち着かせるための薬の量を増やさずにすむ点も、メリットといえるそうです。

気になるであろうアルツハイマー村の入居費用は、基本料金が月額2,000ユーロ。ただし公的な施設でもあるため、収入に応じた減額措置が設けられており、入居費用の最低額は233ユーロとのことでした(取材当時の価格)。

住人が囲むダイニングテーブル。住人どうしの関係性や気分によって、離して利用することもある

住人が囲むダイニングテーブル。住人どうしの関係性や気分によって、離して利用することもある

(写真提供:著者)

認知症を患うと、忘れてしまうことやできなくなることへの不安や恐怖が常に押し寄せると聞きます。不安にさいなまれながらも、できる限り、発症以前の生活を継続したいと願うのは自然なことです。いっぽうで介護する立場からすると、認知症患者の気持ちに寄り添いたいと願っても、効率的な介護をしなければ、施設経営が成り立たなかったり、在宅介護がまわらないのが、介護の世界の常識でもあります。

ホグウエイとアルツハイマー村の見学を通して、介護の世界の常識を打ち破るような施設が世界には存在するということを知り、大変な衝撃、そして感動を受けました。同じようなポリシーでの介護が日本で実現できるとは考えていないため、「認知症を患った後も、最期まで尊厳を保ったまま、自由に暮らせる場所があること」をうらやましく感じる見学でもありました。

キッチンから眺めるリビングの様子

キッチンから眺めるリビングの様子

(写真提供:著者)

リビングの一角にあるテレビの視聴コーナー

リビングの一角にあるテレビの視聴コーナー

(写真提供:著者)

外部の人が来た時に住人と一緒に食事ができる食堂

外部の人が来た時に住人と一緒に食事ができる食堂

(写真提供:著者)

住人が定期的に利用する理美容室

住人が利用する理美容室

(写真提供:著者)

村の中のミニスーパー。買い物を担当する住人もいる

村の中のミニスーパー。買い物を担当する住人もいる

(写真提供:著者)

プレイルームに置かれている緑の箱

プレイルームに置かれている緑の箱

(写真提供:著者)

緑の箱の正体は、認知症の方が家に帰りたいと言った時に、スタッフと中に入って車窓の風景のDVDを見るスペースになっている

認知症の方が家に帰りたいと言った時に、スタッフと仲に入って車窓の風景のDVDを見るスペース

(写真提供:著者)

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コラム著者

畠中雅子氏
ファイナンシャルプランナー(CFP®)