2025年は、5年に一度の年金改正を迎えます。国民年金(老齢基礎年金)の給付水準を底上げできるか、遺族厚生年金の支給期間を変更するかなどが重要なテーマになるなど、財源に関する議論が活発化することが予想されています。
これから話題が増えてきそうな公的年金ですが、FPの仕事として老後の生活設計のご相談を受けていると、「年金は何歳から受け取り始めるのが有利ですか?」と聞かれる機会が増えています。個人的には、寿命は誰にもわからないゆえ、「制度の原則である65歳から受け取るのが無難だと思います」と答えています。とはいえ、60代後半になっても働く方が増えているために、年金の受給開始年齢を遅らせるべきかと考えるご相談者は、今後も増えていくように感じています。

繰下げ受給はひと月0.7%ずつ年金額を増やせる制度

年金の支給開始年齢を遅らせるのは、繰下げ受給を選択するという意味です。繰下げ受給は、原則として65歳からもらいはじめる年金の支給開始時期を、最長で75歳になるまで遅らせられる制度です。支給開始時期を1か月遅らせるごとに0.7%ずつ、年金額を増やせます。
例として、70歳0か月から年金を受け取ったとすると、年金額が支給開始の65歳と比較すると42%増える計算になります。(繰下げ期間5年×12か月×0.7%=42%)また、75歳0か月から受給すれば、最大の84%増える計算になります。ちなみに繰下げ受給は、老齢基礎年金と老齢厚生年金のどちらかだけを選択することも可能です。
このような話を聞くと、「年金を少しでも増やすために、繰下げ受給を選択しようか」と考える方がいるかもしれません。もし、「長生きが保証されている」のであれば、年金の繰下げ受給は有利な選択になりますが、年金の受け取り開始年齢についての損得は、亡くなった時点で判明するもの。不確定な未来を先読みするのは、生活設計上リスクだと捉えています。
そして、もうひとつ。繰下げ受給には注意をしなければならない点があります。それは、繰下げ受給で増やせるのは、あくまでも年金の額面だということ。額面というのは総支給額に当たるものですが、年金額が増えたとしても、必ずしもそのまま手取りとして増えるとは限りません。

年金が増えても、手取りではマイナスになる可能性がある

年金の額面と実際の手取り額の関係

次は、上の表を見てください。この表にある試算は、65歳から年金を受け取ったとしても、所得税や住民税が課税されている人の試算例になります。もともと課税者の場合、年金額が増えると、税金と社会保険料の負担も連動して増えていきます。

年金が増加しても、そのまま手取り額になるわけではない

この表では所得税は5%、住民税は10%と仮定し、国民健康保険料(税)と公的介護保険料は所得割にかかる分のみを抜き出して、いくつかの自治体の年金の手取り額を試算しています。試算を見てみますと、年金額が10万円増えても、手取りになるのは7万円台程度。30万円増えても21万円台程度です。

繰下げ受給を選択することでひと月当たり0.7%の増額があったとしても、この試算のように税金と社会保険料で27~30%程度差し引かれてしまう現実を考えますと、手取り額で逆転してしまう可能性があるのです。繰下げ受給の選択を検討する際は、額面のアップだけに気を取られずに、居住地の自治体のHPで国民健康保険料や公的介護保険料の料率(%)を調べることも重要です。

なお、自治体によって年金の手取り額に差が出ていますが、実際に国民健康保険料を計算する際は、所得割以外にも均等割や平等割、資産割などの負担があります。国民健康保険料は市町村単位で運営されており、各市町村の財政状況、国保加入者数、かかる医療費などに基づいて算出されているため、地域差があるのが現状です。

非課税者が課税者になると給付金がもらえなくなる

繰下げ受給で増えても、そのまま手取り額になるわけではないと説明しましたが、繰下げ受給を選択しても不利にならない方もいます。収入が年金だけで、年金の支給額が158万円を超えないケースです。この158万円の内訳は、基礎控除の48万円と公的年金控除の110万円(最低額)を足した金額になります。
現実には、生命保険料を支払っているために生命保険料控除が使えたり、扶養する家族がいて扶養控除が適用されるなど、非課税ラインはもっと高くなる方も多くなっています。繰下げ受給を選択しても非課税ラインを超えない方は、繰下げ受給を積極的に検討されるとよいでしょう。仮に国民健康保険料や公的介護保険料で多少の負担が生じるケースがあったとしても、アップした年金額のほとんどを手にできるからです。
ただし、繰下げ受給を選択しなければ非課税者でいられるのに、繰下げ受給を選択すると、課税者になる場合は注意が必要です。課税者になると、国民健康保険料や公的介護保険料の減免措置が受けられなくなる可能性がありますし、高額療養費などの自己負担も増えてしまいます。特別養護老人ホームに入居する際の自己負担額も多くなります。
さらには課税者になると、非課税者を対象に支給されているさまざまな給付金をもらう権利を失う可能性もあります。年金で暮らす時期は、「非課税者」であるか「課税者」であるかが、給付金をもらえるか、もらえないかにも影響を与えることを知っておきましょう。

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コラム著者

畠中雅子氏
ファイナンシャルプランナー(CFP®)