サマリー
令和元年6月に発表された、金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』によって、老後資金2,000万円問題が話題となりました。2,000万円の根拠としているのは、平成29年の家計調査年報。家計調査年報から「高齢夫婦無職世帯の家計収支」を引用し、毎月の生活費の不足額は約5万円、残りの人生が20~30年あるとすれば、単純計算で1,300万円から2,000万円ほど生活費が不足すると試算したものです。この試算が発表されて以降、「老後資金2,000万円問題」として、大きな話題となったことは、皆様も記憶されていることでしょう。
ただし、ワーキング・グループの試算が発表されたあとの家計調査年報を見ると、翌年に当たる平成30年の生活費の不足額は月3万8670円、直近の調査となる令和4年の家計調査年報での不足額は月2万2270円まで減ってきています。家計調査年報を基にして、ワーキング・グループと同じルールで試算すれば、生活費の不足額の総額は減っていると論じる向きもありますが、この試算には不足している部分があると考えています。
不足している部分とは、何か。それは、特別支出を加算していないことです。筆者はファイナンシャルプランナーとして1万件近い家計の相談を受けていますが、年金生活に入ると「月々の赤字の1年分」より、「特別支出の1年分」ほうが多くなるのが一般的です。そういう視点から考えますと、家計調査年報から導き出されたのは、あくまでも月の収支だけを基に計算した老後資金の不足分であり、特別支出を含めた本当に必要な老後資金総額ではないと捉えています。
老後資金の不足額は「特別支出」を加算しないと算出できない
それでは、特別支出とはどのようなものを指すのでしょうか。例を挙げますと、持ち家があれば、年に数回支払う固定資産税が特別支出に当たります。賃貸住宅の場合は、2年ごとなどに発生する更新料が特別支出です。車を保有していれば、毎年5月に支払う自動車税のほか、2年(初回は3年)ごとに支払う車検代も特別支出です。
ほかにも、病気やケガでの入院費用や白内障の多焦点レンズ再建術のように、多くの高齢者が受ける自由診療を含んだ治療費なども特別支出に当たります。家電の買い替え費用や給湯設備の交換費用、建物の修繕費用、旅行などのレジャー費、冠婚葬祭の費用、子や孫への援助費用など、挙げたらキリがないほど、特別支出は生活の中に根付いています。また介護が必要になると、赤字の累計額は膨らみます。介護費用は別途500~700万円くらいは見込んだほうが安心だからです。
年金生活における特別支出は、マイホームと車を持っている一般的な家庭の場合で、年間40~70万円程度はかかります。毎月の生活費の不足分にこうした特別支出を加算しなければ、本当に必要な老後資金額ははじき出せないのが現実です。
「老後生活の不足額は家庭ごとに異なる」ため、2,000万円のような調査報告を自分ごととして受け止めるのではなく、ご自身の家庭の「年間の赤字額」を正確につかむ努力が必要ではないでしょうか。
年に数回の記帳だけで、老後破産を防げる「貯金簿®」のすすめ
年間の赤字額をつかむ方法として、私は「貯金簿®」を提案しています。貯金簿®は、2か月ごと、3か月ごとなどの一定間隔ずつ、資産残高を記録していくノートです(見本参照)。銀行口座は記録日の残高(記帳日と多少ずれても大丈夫です)、運用商品は記録日の時価(評価額)、貯蓄性のある保険については、記録する月までの払済み保険料総額、国債や地方債などは購入した金額を記録します。
年金暮らしのご家庭におすすめしているのは、2月、4月、6月、8月、10月、12月の偶数月の記録。年金の受給月の後半に定期的に記録していくと、貯蓄増減で前回からの差額が分かり、年に6回記録するだけで「1年間の正確な赤字額」がつかめるからです。貯金簿®を付けると、老後破産の可能性を知り、老後破産を防ぐための対策も考えられます。
現役世代のご家庭では、3,6,9,12月の年4回、あるいはボーナス月の年に2回程度の記録で充分です。貯金簿®を付ければ、現役世代のご家庭も年に数回の記録だけで、「1年間の正確な赤字額または黒字額」がつかめます。家計簿だけでは、口座の中を通ったお金までは把握できませんし、貯蓄性のある保険に入っていても、家計簿上は支出としてしか認識できません。ですが貯金簿®なら、口座を通ったお金の動きを含めて、年間の正確な赤字額や黒字額がつかめます。
貯金簿®を作成する際は、ページ数の多いノートを購入して、記録することをおすすめしています。エクセルを使えば自動計算できて便利ですが、個人的には紙のノートでの記録を推奨しています。紙のノートで記録しておけば、脳の病気で意思が伝えられなくなったり、事故などで急死した場合でも、パスワードを探すことなく、家族が資産状況をすぐに把握できるからです。
※本文は著者のコンサルティング経験に基づいた内容となっており、弊社が提唱するものではございません。