2024年、夏のオリンピックがフランスのパリで開催されます。今回はそのフランスについて取り上げます。
フランス人は「若い時に働く」「定年後は余暇の時間」と考えている人が多いようです。
フランスの自由で芸術的な発想は、少なからず余暇を大切にするという考え方が影響しているように思えます。けれど、定年後は働かないことを前提としているフランス人でも、将来の公的年金制度に対して多少なりとも不安に思っており、欧米の中では投資に対してあまり積極的ではないながらも、税金が優遇されるフランス版NISAを活用しながら安定性の高い資産運用を意識しているようです。老後2,000万円問題や新NISA制度を通じ、ここ数年、投資に対する意識が変わりはじめてきた日本と非常によく似ているため、フランスの動向はぜひチェックしておきたいところです。

定年後、年金生活を楽しみにしているフランス人

まずはフランスの労働環境や老後に対する意識をご紹介します。
フランスの労働時間は1日7時間という規定があり、平均8時間労働である日本や英国などよりも1時間短くなっています。反面、給与を払う企業側は客観的な数字に基づき解雇や早期退職を促すこともあります。失業率は7%前後で、特に若者は17%近くもあり、日本よりも数倍高くなっています。シビアなのはシニアに対しても同じです。55〜64歳の就業率は56%で、70%以上であるスウェーデンやドイツに比べて低く、また日本よりも低くなっています(2021年時点)。特筆すべきは、現在のフランスの定年は平均62歳で、その後は仕事をせずに年金生活を始める人がほとんどという点です。
私のフランス人の知人は「定年後は自由な時間が過ごせるからバカンスのように楽しみにしている。旅行や趣味での友人との交流や、スポーツジムでダンスしたり、子供や孫との交流などで忙しい。仕事はしたくない」と話しています。「仕事を辞めても他にやりたいことが見つからない、働き続けないと将来の生活費が心配」という日本人のような感覚はあまりなく、年金暮らしを当然のように期待しています。
この考え方が出来るのは、フランスの年金が日本より充実しているからかもしれません。

給与の半分が年金として受給できる

フランスの年金受給額は、過去25年間の平均賃金の39%から50%もあります。
その分満額受給に必要な保険料の拠出期間も伸びており、2023年の社会保障補正財政法によると、2027年までに段階的に43年間の拠出期間が必要で、日本の拠出期間である40年間より長くなります。しかし、最大で給与の約50%もの年金額が受給可能なのです。
(参考:満額受給には1995年以降に生まれた人などは41年6カ月から43年に2027年までに段階的に引き上げる)
毎年1600万人ほどの定年退職者の受給年金は、月平均で1,400ユーロ前後(約22万円)もあります。
日本の場合は、厚生年金でも平均受給額(国民年金部分を含む)は月14.4万円(令和4年度「厚生年金保険・国民年金保険事業の概況」)で、国民年金にいたっては5.6万円しかありませんので、金額では日本の2倍近く貰えることになります。
とはいえ、パリなど都市部の生活費は高く、定年後の生活費に不安を持っているフランス人は7割以上もいるとわれ言われており、そのためフランスではデモが実施されたりしましたが、年金の受給開始年齢はこれから62歳から64歳に引き上げていくという段階で、日本の受給開始年齢65歳、ドイツやイタリアの67歳と比べてもまだまだ手厚いといえます。
とはいえ年金への財政支出は国内総生産(GDP)比15.9%(2020年)と、欧州連合(EU)加盟国で3番目に高く、フランスの年金財政は実はとても苦しい状態です。現在、月収3,864ユーロ(約62万円)までの従業員の場合、本人の負担割合は賃金の6.90%、雇用主負担は8.55%となっています。フランスの人口6,700万人余りのうち年金受給世代である65歳以上は16%と日本の29%に比べると少ないのですが、それでも従業員の負担では足りず、残りは政府が負担しています。

フランスと日本 年金制度

  年金受給年齢 満額受給期間 受給額 拠出率
日本 65歳 40年
(国民年金)
「定額部分 + 報酬比例部分 + 加給年金額」(給与の4分の1程度) 18.3%
(厚生年金・企業と折半)
フランス 62歳
(毎年3カ月ずつ遅らせ2030年に64歳)
40年から43年に段階的に延長
(15歳から働いた場合は50代で払込み終了)
25年勤続平均賃金の50%、年金の最低支給額を23年から月額1,200ユーロ(約17万円)程度へ 賃金の6.9%、雇用主8.55%
(月収 3,864ユーロまで)

※現在の制度であり今後変更される可能性があります

堅実なフランス経済

手厚い政策はフランス経済が堅調だったからです。しかし2006 年以降、貿易収支の赤字により競争力の低下がみられ、失業率が高くなりました。それでもフランス経済は、欧州の中ではGDPランキング3位でドイツ・イギリスに次ぐ高さです。フランスの化粧品や自動車、ワインなどのブランドの知名度の高さはフランス経済の強みです。航空宇宙や農業の生産地としても有名で、近隣諸国に輸出もしています。もちろん観光業も有名です。GDPに占める国内消費は5割を超えています。加えて強調したいのは、実は政府の企業への介入が強く、完全国有化した企業が電力会社など7社あり、その他にも港や空港などの株を保有しています。もちろん、金融システムもスペインやイタリアよりも健全です。

そんなフランスにも日本のNISAのような制度があります。

NISAのフランス版 PEA

政府は、1992 年にPEA(Plan d'Epargne en Action:株式貯蓄プラン)を創設しました。日本のNISAと似ており、フランス企業等が発行した株式や投資信託などに投資し、配当・譲渡益等が非課税となる制度です。

PEAの種類とNISA

名称 PEA ジュニアPEA PEA中小企業
(PEA-PME)
NISA
(日本)
開始時期 1992 2019 2014 2014(2024年改正)
フランス フランス フランス 日本
期限 無期限 無期限 無期限 無期限
対象資産 EU企業の株式、投資信託 EU企業の株式、投資信託 EU中小企業の株式、投資信託、クラウドファンディング 上場企業、投資信託、ETFやREITなど
拠出
限度額
15万ユーロ
(約2,400万円)
2万ユーロ
(約320万円)
22.5万ユーロ
(PEA15万+PME7.5万)
年240万円、かつ総額1,800万円
要件 5年以上の保有後、配当金、譲渡益への所得税非課税 18~25歳で親の扶養を受けている者が該当 5年以上の保有後、配当金、譲渡益への所得税非課税 配当金、譲渡益への所得税非課税

※現在の制度であり今後変更される可能性があります

一人一口座の開設ができます。拠出限度額は、15 万ユーロ(約2,400万円)で、年度ごとの制約はなく、総額のみが決められています。
PEA は、口座から5年以降に引き出した場合に所得税が非課税となります。(社会保障税 17.2%のみが課税されます)。

また、ジュニアPEA(PEA jeune)は、18 ~25歳で両親から扶養を受けていると開設でき、限度額が2万ユーロ(約320万円)で、こちらも年間いくらまで投資できるなどの制限はなく、総額のみが設定されています。
特徴的なのは、中小企業への資金拡大のために、中小企業に投資するための設定があることです。
2014 年、中小企業の株式やそれらが組み入れられた投資信託に投資すると、非課税とする PEA-PME も導入されました(中小企業(PEA)は従業員 250 人以下かつ売上高 5,000 万ユーロまたは総資産 4,300 万ユーロ未満の企業、中堅企業(PME)は5,000 人以下かつ売上高 15 億ユーロまたは総資産 20 億ユーロ未満が対象)。拠出限度額の総額は、PEAが15万ユーロ、PMEが7.5 万ユーロ、合算で22.5 万ユーロまで保有することができます。

日本は今年の春闘で賃金上昇がみられましたが、中小企業はまだまだ賃上げに苦しんでいるのが現状です。もし今後日本でもこのような制度を取り入れていけば改善に繋がるかもしれません。

安全性を重視するフランス人の投資内容

PME口座数は、2022 年末時点で520万口座で、人口に占める割合 は10%前後となっており、まだ十分に浸透しているとはいえません。また、制度として限度額は高額に設定されていますが、実際にはPEA 口座の保有残高が 1.5 万ユーロ(約240万円)以下でしかない人が 77%を占めており、 14.2 万ユーロ(約2,272万円)以上もある富裕層の利用は1%もいません。

フランスでは預金や保険が家計の金融資産のシェアの多くを占めています。フランス人が投資よりも生保や預金を重視している点は、安定志向である日本人ととてもよく似ています。
平均年収は740万円で日本の581万円より高く、OECD平均748万円とほぼ同じです(OECD 2022)ながら、資源を輸入に依存しているため、近年のウクライナ危機による光熱費の高騰、年金制度など将来に不安が広がっています。
ですが預金金利は2%と日本の低金利に比べると高く、預金したほうが安心という考えもあるのでしょう。OECDによると足もとの金融資産の割合は貯金(外貨含む)は31%、生命保険積立は29.1%、投資信託は5%、株式・その他が24%となっています。
とはいえ、2020年以降は投資信託のETFの人気も高まりつつあり、ETFに投資する人は2018年の7万人から2022年は15万9000人に増加しています。
日本でも新NISAも追い風に、ETFに投資する人が2014年の3倍の130万人近くに増えています。

定年後、仕事をすることを前提としていないフランス人は、安定性の高い保険や預金をベースに、少しずつETFをはじめとした投資信託などで将来への不安を改善しようとしているのです。日本も、今は人手不足で定年後もしばらく働き続けるケースが多くなっていますが、体調などによって定年後思うように働けない懸念もあります。投資には消極的ながらも、定年後の資金を確保するため徐々に投資への意識が高まってきているフランスの動向は、今後の日本においてとても参考になるのでは思います。

※ 1ユーロ=160円として円換算しています。
※ 本文は、著者の調査・経験に基づき一般的な内容を掲載したものです。また、各種制度、政策および投資環境については執筆時点のものであり、将来変更となる可能性がございます。資産運用においてはお客様ご自身の収入や貯蓄、生活スタイル等に基づいてご判断ください。.

  • 本資料は、情報提供を目的として作成した資料であり、特定の金融商品取引の勧誘を目的とするものではありません。
  • 本資料は、各種の信頼できると考えられる情報をもとに作成されていますが、その正確性・完全性が保証されているものではありません。
  • 本資料の中で記載されている内容・数値・図表・意見・予測等は、本資料作成時点のものであり、将来の市場動向、運用成果を示唆・保証するものではなく、また今後予告なく変更されることがあります。
  • おかねの羅針盤®はアムンディ・ジャパンの登録商標です。

コラム著者

柏木 理佳⽒
生活経済ジャーナリスト、MBA(経営学修士)取得後、育児中に博士号取得。海外10年滞在。ファイナンシャルプランナー。