私は20代後半、中国語と英語を使った仕事をしたいと思い、1997年から2年間ほどシンガポールで貿易関係の仕事をしていました。当時の月収の平均は4,745シンガポールドル(当時のレートで約38万円))でしたが、今では世帯月収の平均が100万円を超えるほどリッチな国になりとても驚いています。個人の平均年収も日本より200万ほど多く600万円を超えています。日本の不動産を購入している海外投資家の第1位が実はシンガポール人だということをご存じの方はまだ少ないかもしれません。

新しいものを取り入れるシンガポール

まずはシンガポールの生活についてみていきましょう。シンガポール人は、何にお金を使っているのかというと、外食です。とにかく1年中暑いので火を使って料理を作るよりも外食を好み、特に新しいレストランができるとすぐに行列ができます。食費のうち7割近くを外食が占めている家庭もあるほどです。物価高でも飲食のお店や屋台を集めたホーカーセンター、フードコートなどは比較的安めで、働く女性が家でご飯を作る負担は減ります。
新しいことをすぐに取り入れるという点では、若者だけでなく中高年者の間でもモバイル決済が進んでいることも興味深い現象です。一般的なモバイル決済サービスであるPaypal、Apple Pay、Google Pay、Samsung Pay、MI Mobile Wallet(xiaomi)、WeChatPay、Alipayだけでなく、タクシー配車アプリGrabのGrab Payなど40種類以上もあり、現金を使う人は全体の40%以下にとどまっています。クレジットカードの審査が日本より厳しいという事情もありますが、合理的で利便性を大事にする人が多いことが、モバイル決済の浸透につながっているのかもしれません。
携帯電話や交通系ICカード、駅のホームドア、世界初の有料道路の通行料自動徴収システム(日本ではETCと呼ばれています)など、日本よりずいぶん早くから先行して取り入れており、国としても個人としても新しいものや効率的なものに興味を持ち積極的に取り入れる姿勢がみられます。

週末子育てで教育費をかけるシンガポール人夫婦

日本からみると子育てもとてもユニークです。シンガポールは共働きが多いのにもかかわらず午前中しか面倒を見てくれない保育所なども多いため、平日は祖父母の家に子どもを何泊も預けるのが一般的です。私の会社の同僚たちも、金曜日に祖父母の家に子どもを迎えにいき、日曜日の夕方になるとまた祖父母の家に預けていました。定年後は孫の面倒を見るのが常識と考えている祖父母も多いようです。共働き夫婦は、育児の負担が減るのでとても助かっている様子でした。
平日の間、ずっと実家に子どもを預けておくという習慣は日本では浸透しないかもしれませんが、私はこんな考え方もあるのだと気が楽になりました。帰国後、育児と博士号取得のための大学院通学が重なった時、シンガポールの育児を思い出し気兼ねなく保育園とベビーシッターをフル活用したり、子どもが6才になるとジュニアパイロット(子供1人で飛行機に乗りCAがサポートするシステム)を利用し、遠方の実家に預けたりしていました。
教育という点では、国内にある国立大学はシンガポール大学だけという事情もあり、受験勉強が激化し家庭教師代も高額です。習い事も、ピアノ、そろばん、ダンス、水泳、体操などのほかに、中国語、マレー語、英語、ヒンズー語などの語学を学ばせる親も多くいます。多民族国家ですから、5ヶ国語話せるという人も珍しくない環境です。

CPF:年金は積立方式で3種類

ここからは金融事情についてご紹介します。
シンガポールの金融事情として最も特徴的なことはCPFと呼ばれる福祉を目的とした中央積立金制度があることです。「医療」「年金」「住宅購入」など目的別のいわば強制的ともいえる預金口座があるため、シンガポール人は将来のことをあまり悲観していないようです。日本にいる私たちはこの制度を活用することはできませんが、考え方なら取り入れることができるかもしれません。
CPFのシステムは、毎月、企業が17%、従業員が20%を拠出します(例:55歳以下、毎月750シンガポールドル(約81,000円)以上拠出の場合)。シンガポールの給与は上昇傾向にあるため、拠出額の上限は現在の月額6,000シンガポールドル(約65万2000円)から2026年にかけて8,000シンガポールドル(約86万9,000円)に引き上げられる予定です。
(※年齢等により拠出額が異なります)

このCPFの中から、まずは「Retirement Income(リタイアメントインカム)」とよばれる年金を目的とした口座のしくみをご紹介します。日本の公的年金と違う点は、現役世代が現在の高齢者の原資を支える「賦課方式」ではなく、将来自分が年金を受給するときに必要となる財源を、現役時代の間に積み立てておく「積立方式」という点です。
この「積立方式」は、現役世代が少なく人口が減少してしまう場合には賦課方式よりメリットがあります。
日本でも、公的年金ではありませんが似たようなしくみとしてイデコ(iDeCo)があります。公的年金とは別に、自分で年金目的のために積立てることができる制度です。60歳以降、条件に応じ自分で決めた年齢から給付を受けられ、運用資産も複数商品の中から自身で選ぶことができます。日本では、公的年金だけでは老後が不安だという人も多いため、このイデコと組み合わせて老後資金の準備を行う人が増えています。

シンガポールでは、現状原則65歳からCPF「Retirement Income」の積立金の受給が開始され、受給開始年齢を1年遅くすると、7%分の受給金額が増加し、70歳では35%増加します。
しかし、今後は定年が現在の55歳から、2030年にかけて70歳に段階的に引き上げられるのに合わせ、今後、CPFの受給開始年齢も引き上げられる可能性があります。

受給方法は3種類用意されています。「Escalating Plan(エスカレーティングプラン)」は、最初の受給額は少ないのですが、その後は2%ずつ増加していくプランで、将来のインフレを懸念する人に向いています。「Standard Plan(スタンダードプラン)」は、毎月固定した金額を受給します。「Basic Plan(ベーシックプラン)」は、「Standard Plan」よりも払い込み額が少ない人が利用でき、口座の残高が6万ドルを下回ると受給額が低くなります。これら3種類の中からインフレ、自分の収入などを考慮して選びます。

 

医療保険は3Mの3種類

続いてCPFの医療保険制度「Healthcare Finance(ヘルスケアファイナンス)」です。この制度は世界で最も効率的な医療保険制度の1つとして注目されており、3種類の「MediSave(メディセイブ)」「MediShield(メディシールド)」「MediFund(メディファンド)」があり、3Mと呼ばれています。
「MediSave」は、本人だけでなく家族も適用となります。一般的な病気の場合、毎年500シンガポールドル(約54,000円)まで使用でき、糖尿病など23の特定疾患の場合は15%のみ自費で支払います。
高額な重病の医療費に適用するのは「MediShield」です。また、「MediFund」は低所得者向けで政府出資の基金で賄っており、利用者の自己負担はありません。

シンガポールCPFの主なしくみ

 

House Ownership

Healthcare
Financing

Retirement Income

目的

住宅購入

医療

年金

種類

 

「MediSave」
「MediShield」
「MediFund」

「Escalating Plan」
「Standard Plan」
「Basic Plan」

年齢

55歳で残高(未使用含)をRetirement Income口座に移行可能

・「MediSave」は、本人だけでなく家族にも適用できる
・「MediShield」は重病用
・「MediFund」は低所得者用

・65歳が受給開始。
・65歳から受給開始年齢を1年遅らせると7%ずつ増加、70歳で受給開始すると35%増加する。
・55歳から引き出し可能

利率

2.5%

4%

4%

※上記利率は主な口座の最低利率です

CPFで9割以上が持家

3つ目は住宅購入のための「House Ownership(ハウスオーナーシップ)」です。
日本にも住宅ローンがありますが、自分で銀行を選んで契約するしくみとなっています。しかし、シンガポールにはCPFの1つに住宅用の口座があり、ここに積立てていきます。そのため9割以上の人が住宅開発庁によるHDBとよばれる日本のUR(都市機構)のような公共住宅を購入・所有しています。民間のマンションを購入できるのは富裕層だけで、HDBは民間のマンションよりはグレードが落ちます。しかし、この取り組みにより住む家がないといった状況に陥ることもなく、最低限の住処が確保できるので、シンガポールでは好評です。さらに55歳時点で、まだ口座に残高があれば、年金用の「Retirement Income」口座に移行することもできます。
日本には、このようなシステムはありませんが、いつか家を買うときのために自分で頭金を貯めたり住宅ローンが引かれる口座を銀行に作ることはできるでしょう。目的別に投資口座の開設を考える人はまだ少ないかもしれませんが、教育資金、住宅資金、老後資金の準備など、自分で目的別に口座を決めて、その運用方法を選ぶという工夫も取り入れてみる価値はあるかもしれません。

安心感のあるCPFを土台に、投資は楽しむスタイル

最後はシンガポールの投資事情です。有価証券投資の比率は日本よりほんの少し多い程度です。
私とルームシェアをしていたシンガポール人(当時30歳・独身)は、銀行から投資のアドバイスを受けながら、ボーナスや給与の1割ほどを外貨預金、株式に投資していました。彼女は海外出張が多かったため為替にも敏感で複数の外貨を保有していました。

シンガポールの満足度の高い金融事情の背景には、CPFという国の充実した制度が存在します。CPFは自分で積み立てる口座であるためいつでも自分で残高を確認できることも将来への安心につながっているようです。シンガポール人の多くは将来を悲観しておらず、CPF以外にまとまった貯蓄をしている人は少ないようです。

うらやましくもある制度ですが、日本でもシンガポールのCPF制度をヒントに、住宅、医療、年金といった目的ごとに分けて早くから積み立て貯蓄、積み立て投資を始めるという方法を取り入れることはできるかもしれません。

※ 1シンガポールドル=108円として円換算しています。
※ 本文は、著者の調査・経験に基づいた内容を掲載したものです。また、各種制度、政策および投資環境については執筆時点のものであり、将来変更となる可能性がございます。資産運用においてはお客様ご自身の収入や貯蓄、生活スタイル等に基づいてご判断ください。

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コラム著者

柏木 理佳⽒
生活経済ジャーナリスト、MBA(経営学修士)取得後、育児中に博士号取得。海外10年滞在。ファイナンシャルプランナー。